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2008.02/24(Sun)

新栽培法発見! 

「思い出のシトロエン2CV」の続きです。

我が愛車、シトロエン2CVが燃えてしまったので、次は何に乗ろうか…と、
毎日、中古車情報誌を眺めていた。
この田舎で車は必需品なので、すぐに購入しなければならない。
手に入った車両保険金は100万円。
これ以内に予算を抑えたいというのに、すぐ、外車のページを見てしまう。
そんなとき、運命なのか? という1台を誌上に発見。
シトロエンにこだわるわけでは無いが、シトロエンBXという車だ。
前回の様なクラシックカータイプではなく、完全に普通の乗用車だ。
普通の乗用車とは言っても、この車は独特の『ハイドロニューマティック』が付いている。
車高が変えられるのだ。
高速走行時は空気抵抗と安定性を考えて、車高を低く、
悪路やちょっとした段差のある所では、腹を擦らないように、高く、という具合に。
なんという変わった車だろうか?

はっきり言って、好きだ!

値段も、85万円だし、条件をクリアしている。 っていうか安っ!
さっそく、販売店へ。
実車を拝見すると、なんと! 電動サンルーフが付いているではないか!そそられる。
試乗させてもらった。
この車のユニークな所は、ハイドロニューマティック方式の車高調節機能と、
サスペンション、パワーステアリング、ブレーキを、一つのオイルでまかなっている所だ。
このオイルだけを管理していればメンテナンスはOK。
合理的かつ、画期的なシステム。
すっかり気に入ったのだが、85万円の車に諸経費を付けると、100万円をオーバーしてしまう。
しばらく悩んでいると店の人が、諸経費は負けられないが、本体価格を60万円にしてくれると言う。
確かに、60万だと諸経費を入れて95万、ナイスなお値段!
しかし・・・、
新車なら分かるけど、中古車で25万安くなるって、なんか怪しくない・・・?
そこらへんをもう一度よく考え・・・
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2008.02/15(Fri)

なんと読む? 

宇宙と書いて「そら」と読ませる。
元はガンダムか?

本気と書いて「マジ」と読ませる。
これは「真面目」からきているんでしょう。

刑事と書いて「デカ」と読む。
なんと明治時代に出来た隠語だそうです。
当時の巡査部長が着ていた和服「角袖(かくそで)」を逆さまにして、さらに縮めたのがデカ。

恋文と書いて「しらべ」と読ませる。
RUI(柴咲コウ)の「月のしずく」の歌詞にあります。

漢と書いて「おとこ」と読ませる。
好漢、熱血漢、木強漢 、悪漢、暴漢、・・・痴漢 。

梅雨と書いて「つゆ」。
けど、天気予報で梅雨前線は「ばいう」と読みますよね。
なぜなのか三行で説明しなさい。

一二三四五六七と書いて「恥知らず」と読ませる。
「孝、悌、忠、信、礼、儀、廉、恥」の八徳と、
一から七の数字で八がないことをかけて、恥知らずと読むのだそうです。
てか、ふつうに「恥知らず」と書いたほうが短いし便利。

一尺八寸と書いて『かまづか』静岡県富士宮市
二文字屋と書いて『にもんじや』福島市
三分一所と書いて『さんぶいっしょ』奈良県王寺町
四十物谷と書いて『あいものや』北海道函館市
五味之本と書いて『ごみのもと』奈良県下市町
七五三掛と書いて『しめかけ』浦和市
八月一日と書いて『ほずみ、ほづみ』 群馬県吾妻町
九頭竜坂と書いて『くずりゅうざか』福井市
百々米木と書いて『どどめき』富山県氷見市
万里小路と書いて『までのこうじ、まりこうじ』京都市、大阪府池田市
風呂ノ上と書いて『ふろのうえ』鹿児島県大口市
勘解由小路と書いて『かでのこうじ』山口県小野田市
・・・以上、ぜんぶ人の名前(苗字)です。

「東海林」と書いて「しょうじ」と読む。
これは不思議。調べてみました。
http://www.home-tv.co.jp/entame/gimon/00428/index2.htm
「荘司」の当て字。荘司の荘は荘園のこと。司は管理者のこと。
つまり「荘司」とは荘園の管理者。
では、なぜ荘司が東海林につながるのかというと、
「東海林」というところに住む「荘司」さんを「東海林」の「荘司」さんとか、
「とうかいりん・しょうじ」さんとかと呼んでいるうち、表記と音が混ざり合って、
「東海林」を「しょうじ」と読むようになった。



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2008.02/04(Mon)

涙のツボ 

2008年1月26日 フィギュアスケート全米選手権

【井上怜奈の壮絶な人生】
リレハンメルとアルベールビルに続き、3度目である長野オリンピックへの出場を目指していた怜奈。
しかし、シーズンの始めに、お父さんが肺ガンで亡くなってしまう。
お父さんの応援が怜奈の大きな支えだった。
そのお父さんがいなくなったショックで、
彼女は長野オリンピックの代表争いに、まったく力を発揮できず、破れてしまう。
そして彼女はスケートをやめてしまうのだった・・・。

ところが怜奈は、ある日突然、スケート靴を持って練習に行きだした。
どうして彼女がまたスケートをはじめる気になったのか、母にはずっとわからなかった。
スケートを再開した彼女は、日本がペア演技では世界レベルに達していないと悟り、
ペアを求めてアメリカに行く決心をする。
母は、アメリカでとにかくがんばってらっしゃいと送り出した。
アメリカへ来たはいいが、怜奈はまったくお金が無かった。
そこで彼女が何をやったかというと、日本のお土産売り場でアルバイトをしながら、
レッスン代と生活費をやりくりする。
なにしろ、競技に出るにも衣装が買えないから、布を買ってきて、自分で縫っていた。
ある大会では、ビーズをつけるのが間に合わず、半分のビーズをつけて滑り、
その翌日にはビーズが増えてる――そんな状態で試合に出ていた。
そんな彼女を、父と同じ病気、肺ガンが襲った。

幸い、当時のアメリカには、最先端の抗ガン剤があった。
病院に行って、とにかくその抗ガン剤をうってくれと言って治療をはじめた。
ただ最先端とはいえ、強い抗ガン剤だったので、ものすごい副作用と戦うこととなった。
でも、入院はしなかった。通いで抗ガン剤をうった。
スケートの練習をするためだ。
副作用に耐えながら練習を続けた。
怜奈は抗ガン剤をうちながら、アルバイトをして、レッスンをして、それをくり返した。
それで何も起こらないわけが無い。
ボロボロの怜奈は、とうとう練習中に落下してしまう。
頭蓋骨を骨折し、前歯がほとんどなくなって、5時間くらい意識不明になる大けがをした。
さらに、そのときに落ちた後遺症で、心的外傷後ストレス(PTSD)にかかり、ずっと苦しんだ。
それが治ったと思ったら、再び演技中に転落。
今度は、落ちたショックで卵巣を片方破裂させて、卵巣摘出を受けた。

そこから奇跡的に治って、ようやくペアがうまくいきだした。
怜奈の最後のチャンスともいえる、オリンピックをかけたショートプログラムで4位と出遅れてしまう。
しかし、絶対的な絶望の中から、はじめてのスロー・トリプル・アクセルをフリーで決め、
大逆転で全米チャンピオンになり、アメリカ人としてトリノオリンピックに出場を果たした。

今回、2008年の全米代表になって、いろいろなインタビューに彼女が答えていくなかで、
父の死後、なぜもう一度、スケートをはじめようと思ったのか?その理由がわかった。
彼女はこう答えている。
「父が亡くなって、落ち込んでいるお母さんを元気づけようと思ったから、もう一度、はじめようと思った」

井上怜奈は、1月26日、全米選手権の演技後、
スケートリンク上でパートナーのジョンからドラマティックなプロポーズを受け、「YES」と返事をした―――





テーマ : フィギュアスケート - ジャンル : スポーツ

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